終戦から3年。
人々に緑と潤いを提供するために
笹長晴耕園の創業は1948年。広島に原爆が落とされた終戦の年からまだ3年という時期でした。創業者である笹長正義はその時19歳。子どものころから、行商の手伝いをしながら育った彼は、戦後の苦しい時代であっても、購入された人々が笑顔になる「花」に心を動かされ、「花」の行商を職業にしようと決心します。そして、自宅の庭で育てた花卉類を、荷車に積んで己斐(現在の西区)から、中心部まで運んでいたと聞いています。戦後の復興を緑で支えた先代の「人々に緑と潤いを提供したい」という想いは、今でも笹長晴耕園に受け継がれています。
リース・レンタルの可能性に、
いち早く注目
昭和30年代、広島の街も復興が進み、笹長晴耕園には店舗や企業様からのご要望が増えはじめました。オフィスに安らぎを与えるために観葉植物を設置する動きも広まり始めました。その傾向を見ていた創業者はこう考えます。「継続してグリーンをご要望をいただくお客様にとって、本当に役立つのは、販売ではなくレンタル・リースなのではないか?」と。そして、昭和40年12月。株式会社笹長晴耕園へと組織変更を行います。同時に「植物のレンタル・リース」を事業の主体として変換しました。広島ではまだ他に例がない事業であったと聞いています。
創業70周年を迎え、
これからも生活のなかに潤いを
その後、笹長晴耕園は佐伯区利松へと移転。 2,300坪の農園から送り出されたグリーンは、広島市周辺のホテル、飲食店、結婚式場、企業・テレビ局、医療施設など400を超える企業・事業所に日々届けられています。そして、おかげ様をもちまして、2018年には創業70周年を迎えます。これも私たちを育てていただいた地元広島の皆様のおかげと感謝しております。